庭を作った。 その5 「終わりからの始まり」

2011年 10月

お祖父さんが病院で旅立った。
大地震、大津波の時も病院に入院をしていて、少し認知症でもあったので
何がどうなったのか判らない、自分の家がどうなったのかも判らないまま
旅立ったのだと思う。
父と、きっとこれで良かったんだよと二人で納得する。

お坊さんや葬儀屋さんもかなり忙しい中なんとか葬儀を段取りすることが出来る。
東京に避難していたお祖母さんが帰ってきて、ひたすらお祖父さんに謝っていた。

自分の家(祖母の)もかなり整理されているのを見て、
これで家を見るのも最後かという事を言い残して、また東京の親戚の家に戻った。


そして12月

寒くなってきて、僕も部屋に火鉢をいれて暖を取るようになってから
ようやく壊し屋さんから連絡が入りついに解体作業が始まることになった。



どががががが
ガツガツガツガツ
ばりばりばりばばばば

と、重機を入れて思い切り壊している。

こんなに、別母屋と近いのに足場や防護柵を張らずに大丈夫なのだろうか。
震災だからこういうやり方になっているのかなと、見ていると。


どかーーーーん!

と、やっぱりこっちの母屋に傾いてぶつかった。
これは流石に笑って済ませないので、クレーム。
すぐに足場を組んで防護柵をつけてもらい、
後々でしっかりと壊されてしまった壁や雨樋や網戸を直してもらい、ましたが、
なんだか、やり方に疑問を感じる壊し屋さん。

とりあえず、怪我人がでなくてよかった。

2週間くらい経って、解体作業もようやく終わりになりました。




眺めがまた変わりました。



(つづく)

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